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約60年前の事実。
2007-12-09 Sun 23:52

2006年12月9日。

1年前の今日、映画硫黄島からの手紙が全国で公開されました。

正直、この映画がなければ。
この映画にニノが出ていなければ。

生涯硫黄島と言う存在も知らなかったし、公開されても見に行かなかったでしょう。


“ニノが出る”


初めこそただそれだけの理由だったけど。

この映画を通して…それでも実際の戦いは比べ物にならないぐらい過酷なものだっただろうけど、ほんの少し60年前の事実を知ることが出来たんじゃないかと思います。


私は公開されてから2週間後ぐらいに見に行きました。

平日・月曜という日時にもかかわらず、40人ぐらいの方々が観に来られていました。ほとんどご老人の方々でした。


この映画を初めて観るにあたって1つだけ気をつけたこと。

それは、“ニノとして見ない”でした。

全部ではないけどやっぱりドラマ等を見ているとふとした時に、役柄ではなくニノとして見てしまうことがどうしてもあるんです。

だからこの映画はそうしないように…と気をつけていました。

あとは、“何を見ても受け入れる”

多少のフィクションだろうし、実際の戦場とは確実に違うだろうけどもどんな場面が来ても目を背かないでおこう。

そう思い観たこの映画。


西郷さんが、某隙間産業グループの名前を言った時以外は、全てこの目で観れたと思います。


観終わったあと、エンドロールの音楽が流れてきた時、なぜか涙が出てきました。観劇中は一切涙が出なかったのに。

その後、授業を受けるために大学に戻る地下鉄に乗っていた時、ずっと考えていました。


今、地下鉄に乗ってる人達は寝てる人もいたり、連れの人と話をしてたり、音楽を聴いていたり、子供をあやしていたり。

こういったことをあの戦場にいた彼らもしたかっただろうなって。


彼らがいたから、今の私達の生活があるんだけど。

たまたま誕生した時が戦争中ってだけで、あそこで戦っていた人は皆普通の人達で。

人を殺したくて殺してるわけではなく、自分が殺されないために人を殺す。
あの状況の中では殺人という行為が正当化されている。


結局戦争を引き起こした張本人は、実際の戦場に行かなくて(後に裁判で裁かれてるけど)、最前線として戦わざるをえないのが関係ない西郷みたいな一般人で。

それでも裁判で死ぬのと、戦場で死ぬのは違うだろ?と。

どっちも死という行為は同じだけど、それに行き着くまでのプロセスが確実に違う。

偉い人達にも戦場に行かせて亡くなった人達と同じ恐怖を与えるべきだろ?と。


なんてことばかり考えていました。

そんなんだから次の授業も上の空だし、帰ってくるまで水分を取れなかった。
水一つとっても彼らにとってはご馳走だっただろうな〜って…。


ここまで観た映画のことを考えていたのは初めての体験でした。


それから数日は、夜寝る前に目を瞑っていると。

映画のシーンが始まるんです。

今までこんなことはなかったんですが何故か覚えてしまい。

清水が死ぬシーンだとか、教官に怒られてるシーンだとか。
鮮明に映像が流れてきて。


それだけただ観てるだけだけどインパクトの強い映画だったんだなと思います。


あれから1年。

もうすぐCS放送で硫黄島が放送されます。

そのうちきっと、地上波でも放送されると思います。

映画館・DVDより多くの方が観るでしょう。


1人でも多くの人に、約60年前に本当にあった硫黄島での戦いを知ってほしいと思います。

映画で死んでいった人達が望んでいたとおり。

いつか知る時が来る。

その時を。

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